大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋地方裁判所 昭和52年(ワ)1569号 判決

原告 柴田信義

被告 若尾道子 外一名

主文

一  原告が被告若尾道子に賃貸している別紙目録記載建物の内一〇三号室の賃料が昭和五二年七月一日以降月額金二万五〇〇〇円であることを確認する。

二  原告が被告小川吉子に賃貸している同目録記載建物の内四〇七号室の賃料が昭和五二年七月一日以降月額金二万五六〇〇円であることを確認する。

三  原告の被告らに対するその余の請求を各棄却する。

四  訴訟費用は三分し、その一を原告の、その余を被告らの各負担とする。

事実

第一当事者の申立

一  原告

1  原告が被告若尾道子に賃貸している別紙目録記載建物の内一〇三号室、被告小川吉子に賃貸している同目録記載建物の内四〇七号室の賃料が昭和五二年七月一日以降月額各金三万七〇〇〇円であることを確認する。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

二  被告ら

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  原告は別紙目録記載建物(以下本件建物という)のうち被告若尾に対し一〇三号室、同小川に対し四〇七号室(いずれも賃貸部分の床面積は約三五平方メートル)を賃貸している。

2  右賃貸借の賃料月額は被告若尾については昭和四二年一月以降金一万六〇〇〇円、同小川については昭和四三年一二月以降金一万八〇〇〇円である。

3  本件建物の敷地の土地台帳上の評価額は昭和四四年度と比べると昭和五二年度は二・九倍、又固定資産税課税標準額は同様に四・九倍と上昇し、これに伴ない公租公課も増額されたため右賃料額は不相当となつた。

4  そこで、原告は被告らに対し昭和五二年六月九日付書面により同年七月一日以降の賃料月額をいずれも金三万七〇〇〇円に増額する旨意思表示をなし、同書面は同月一五日までに被告らに到達した。

二  請求原因に対する認否

請求原因1、2、4の事実を認め、同3の事実を争う。

三  抗弁

1(一)  本件建物は原告が住宅金融公庫法一七条一項三号に基き資金の貸付を受けて建設した建物である。

(二)  そして、同法三五条二項に基き、昭和四六年三月一三日付で主務大臣は本件建物一戸当りの賃料月額を金一万七二七〇円と定めその旨原告に通知した。

(三)  従つて、右金額を超える賃料増額の意思表示は同条項に違反し効力がない。

2  本件建物の賃貸借契約において、原、被告ら間にその賃料を住宅金融公庫法三五条二項により主務大臣が定めた額をもつて賃料額とする旨の約定がある。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1を争う。但し同(一)の事実を認め、(二)の事実を否認する。

2  抗弁2の事実を否認する。

五  再抗弁(抗弁1に対する)

原告は本件建物建設に際し住宅金融公庫から借受けた資金を昭和五二年六月八日全額返済した。従つて、同日以降の賃料については住宅金融公庫法三五条二項の適用はない。

六  再抗弁に対する認否

再抗弁事実を争う。借受けた金員を返済しても住宅金融公庫法三五条二項の制限は継続する。

第三証拠〈省略〉

理由

一  請求原因1、2、4の事実は当事者間に争いがない。そして、被告らの従前の賃料が定められた昭和四二年、或は昭和四三年から賃料増額の意思表示のなされた昭和五二年七月までの間に本件家屋の敷地の土地台帳上の評価額及び固定資産税課税標準額が原告主張のとおり上昇したことはともに成立に争いのない甲第三号証の一ないし九により認めることができ、従つて、地価の上昇及び公租公課の増額により本件家屋の賃料は不相当になつたものというべきである。

二  次に、改定賃料額を検討するに先き立ち被告らの抗弁について判断する。

1  抗弁1について

(一)  抗弁1の(一)の事実は当事者間に争いがなく、同(二)の事実は住宅金融公庫に対する調査嘱託の回答により認めることができる。

(二)  次に右抗弁に対する再抗弁についてみることとする。ともに成立に争いのない甲第二号証の一ないし三によると、原告は住宅金融公庫から借受けた本件建物の建設資金を昭和五二年六月八日に完済したことを認めることができる。

ところで、住宅金融公庫法一七条一項三号により資金の貸付を受けて建設した賃貸建物について、同法三五条二項が主務大臣の定める額を越えて賃料を定め又は受領してはならないと規定している趣旨は、同法が国民大衆が健康で文化的な生活を営むための住宅の建設及び購入を促進するため銀行等一般の金融機関から融通を受けることが困難なものに対し償還期間及び貸付利率において有利な条件でその必要資金の貸付をすることを目的とするところ(同法一条、二一条)、その「貸付を受けた者」が他方でその建設した建物を高額な賃料で賃貸するとなると、その者に国家の保護の下に不当な利益を得させる結果となるから、これを防止するためその賃料を主務大臣の制限下におくことにあると解せられる。そして、かような制限の継続期間については同法の規定上必ずしも明確ではないが、右のとおり不当な利益を取得する可能性のあるのは右貸付金を低利率で償還している期間中であるから、右貸付金の返済を終わればその制限の必要がなくなるし、又同法三五条二項が賃料を定めるについて参酌すべき事項に「利息」(貸付利息の意と解せられる)を掲げていることからしても、その時に貸付金の利息の支払をしていること即ち貸付金の返済が終つていないことを前提とする趣旨と解せられる。従つて、同法三五条二項の「貸付を受けた者」とは貸付を受け、まだその返済を終つていない者を指し、その支払を終つた者については同条項の適用はないものと解するのが相当である。

よつて、再抗弁は理由がある。

2  抗弁2について

右抗弁事実を認めるに足りる証拠はないから、右抗弁は理由がない。

三  そこで、進んで改定賃料について判断する。

1  本件のように継続中の賃貸借における賃料を改定する場合にはいわゆる積算方式を中心として右契約内容とくに従前の賃料額を考量して適正な賃料(限定賃料)を求めるのが相当である。

2(一)  被告若尾は昭和四二年一月以降賃料月額金一万六〇〇〇円で、本件建物の一〇三号室を賃借していることは前記認定のとおりであり、そして、同被告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によると、同被告は右賃借に際して賃料の三か月分金四万八〇〇〇円を敷金として原告に交付していること、右一〇三号室が本件建物の一階にあることが認められる。

(二)  被告小川は昭和四三年一二月以降賃料月額金一万八〇〇〇円で本件建物の四〇七号室を賃借していることは前記認定のとおりであり、そして、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によると、被告小川は右賃借に際して同様賃料の三か月分金五万四〇〇〇円を敷金として原告に交付していること、右四〇七号室が本件建物の四階にあることが認められる。

3  ところで本件における改定賃料に関する資料(鑑定書)であるともに成立に争いのない甲第一号証、甲第四号証の一、二乙第一号証はともに被告らの右賃貸借に対する直接の資料ではなく、本件建物内の他の貸室に対する賃貸借に関するものであるから、その異同を考慮のうえ参酌する必要がある。

(一)  甲第一号証は積算式評価法により新規の賃貸借における賃料を算出しているが、本件は継続中の賃貸借の賃料を改定する場合であり、又期待利回りを土地建物の基礎価格に一律に年八パーセントとしている点及び乙第一号証と対照すると本件建物の敷地の範囲としている部分が相当でないと認められるから、本件の改定賃料算定の資料として適切ではない。

(二)  甲第四号証の一、二は賃料事例比較法によつて賃料を算定しているが、この方法においては建物の位置形状、建物の構造、使用資材の種別、量、質、近隣の環境、賃料額を定めた時期等の比較検討が必要と考えられるところ、三つの比較事例のみによる賃料の算定は十分とはいえないし、右事例の賃料の経過も不明であるから本件の改定賃料算定の資料として十分ではない。

(三)  次に乙第一号証は積算式評価法をもとにして従前の賃料を考慮する差額分配法、スライド法、利回り法を合せ検討して改定賃料を算定していてその方法及び内容において相当であると認められる。

4  そこで、乙第一号証に基き改定賃料を検討する。

(一)  被告小川については右乙第一号証の(3) の賃貸事例と従前賃料額、敷金額、場所が四階にある点で同一であり、従前賃料の開始時期もほぼ同時期であるから、その算定賃料月額金二万五六〇〇円をもつて改定賃料と定めるのが相当である。

(二)  被告若尾については、乙第一号証の(1) ないし(3) の事例と比較し、事情に差異があるから右事例の結論をただちに採用することができないが、乙第一号証の前記算定の方法に従い順次みることとする。

(1)  差額分配法について

本件建物の一階部分の基礎価格を金三七九万九二八五円(一階部分全部の金二六五九万五〇〇〇円の七分の一)とし、その他従前賃料額、敷金額を前記認定のとおりとして乙第一号証と同一の方法により算定すると年額賃料は金三二万一六〇円となる。

(2)  スライド法について

乙第一号証の諸経費の算出の根拠が不明であるから、被告若尾の場合も昭和四三年分の額を使用し、これとともに消費者物価指数も同年度のものを使用して乙第一号証と同一の方法により算定すると年額賃料は金二七万二八九六円となる。

(3)  利回り法について

乙第一号証と同一の方法により算定すると年額賃料は金三一万六〇八五円となる。

(4)  そこで、右(1) ないし(3) の賃料額の平均値は金三〇万三〇四七円となり、これから敷金四万八〇〇〇円の運用益金二八八〇円を控除し、月額賃料を計算すると金二万五〇一三円となる。

(5)  他に右認定を覆えすに足りる証拠はないから被告若尾に対する月額賃料を金二万五〇〇〇円と定めるのが相当である(端数切捨による)。

四  よつて、原告の請求は以上の限度で理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九二条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 林輝)

(別紙)目録〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例